中村獅童インタビュー
■今回の公演は二部構成となっています。『あらしのよるに』は獅童さんにとって縁の深い作品ですが、どんな魅力の作品でしょうか?
これは、NHKのEテレ「テレビ絵本」という番組の読み聞かせで初めて出会った作品です。映画化された時はオオカミのガブの声をやらせていただいて、2016年に京都・南座で最初に歌舞伎化をさせて頂きました。これだけ多くのメディアで関わらせて頂ける作品もそんなに多くはありません。歌舞伎であれ一人語りであれ、自分のひとつのライフワークになりつつあるなと思います。普遍的なストーリーであるという意味でも惚れ込んでいる作品です。4年前に歌舞伎版「あらしのよるに」をやらせていただいた時も、多くの方に観に来ていただけて手応えを感じていましたので、また上演できたらと考えていましたが、今度は改めて初心に返って“一人語り”というスタイルでやらせていただきます。
■今回「あらしのよるに」の一人語りをやろうと思われたのはどういったお気持ちからですか?
子どもたちに観て欲しいという気持ちがあります。歌舞伎ってエンターテイメントなのですが、なかなか子どもが観る機会が少ないですよね。もちろん子どもが楽しめる演目もありますが、どうしてもハードルが高くなってしまう。『あらしのよるに』だったら、子どもも大人も楽しめますし、親子が一緒に観ることもできます。今の時代にマッチした作品を作ることも大切ですが、だからといって、子どもに合わせて作るのではなく、子どもでも楽しめる作品を上演して、歌舞伎を観るきっかけを作って欲しいという気持ちもあります。そこで興味を持って頂けたらとうれしいですね。
それに、今はデジタルが発達して人と関わらなくても生活ができますが、人の営みというのは、やはり思いやる心や優しさなんだと感じて欲しいと思っています。この作品は何度も上演していますが、作品に触れる度に人間として大切なものや労る心を思い出させてくれます。
■この作品は、お子様にもたくさん観ていただきたいと仰っていましたが、獅童さんご自身がお父さんになられたことで何か変化はありましたか?
それはあると思います。20年後、30年後の歌舞伎界を考えると、今の子供たちが歌舞伎を観てくれるようにならないと、歌舞伎も滅びていってしまいます。子供たちもそうですが、若い方で歌舞伎をご覧になったことが無い方にも振り向いていただく。お客様を育てるというというとおこがましいですが、未来につながるお客様を今作っておくことが僕の使命でもあると思っています。
■そういう、次の世代へと考えられるようになったきっかけはどういったことだったのでしょう?
以前からそんな気持ちは持っていたのですが、より強くなったのはコロナ禍の緊急事態宣言で自宅にいなければならなかった時です。僕も今年で50歳ですし、残された役者人生を、もちろんできるだけ長くやりたいと思っていますが、これから未来に向かって自分がどんなことをやっていけるのか、と改めて考えた時に、子どもたちや今後に明るい未来を作っていくというのは、大人の責任なのではないかと強く思いました。
■コロナ禍を経たことは大きかったのですね。
根本的な価値観というのは変わらないですが、やるべきこと、やらなくてはならないことというのが、より一層明確になったと思います。自分としては、舞台でも映像でも、“芝居をする”ということが、僕にやれることであり、やるべきことだと実感しました。自分の表現でどれだけみなさんに元気になっていただけるかとも考えました。
なので、コロナ禍というのは、悪いことばかりで無く、そういった一番大切なことを気づかせてくれましたし、歌舞伎界も大きく変わるチャンスかもしれないです。今までの人生を振り返って“さあ、これから未来に向かってどう生きていくかを、中村獅童、あなたはもう一度考えてみなさい”と神様から与えられた時間だというように、今は捉えていますね。
ピンチをチャンスに変えるのが人生だと思っているので。
■一人語りの前に「中村獅童のHOW TO かぶき」もありますが、どういったことを教えていただけるのでしょう?
大人もそうですが、まだ歌舞伎を観たことがない方々に向けて、歌舞伎のお化粧をどのようにやっているか、隈取りはどうやって描いているのか、衣裳をつけて扮装する支度など普段は観ることができない歌舞伎俳優が舞台に登場するまでの過程を観て頂こうかと思っています。歌舞伎のお化粧は、俳優それぞれ自分たちでやっているんですよ。メイクさんがいるわけでもないですし。そんなこともきっと観て頂いたら驚かれますよ(笑)。
■お化粧はかなりしっかりされているので、かなり時間がかかりそうなイメージですが。
例えば、始めは普通の白塗りで登場して、血気盛んなヒーローとなってクライマックスに登場する時の隈取りは、出るまでに時間がないので2〜3分くらいです。隈取りは勢いが大事と言われているので、最初に力強く描いて指でぼかしていくのですが、毎回同じようには描けないので、その時どきで変化もあります。そういった裏側を少し知ることで、愛着もわいてくると思うので、次は歌舞伎を見に行きたい!と思って頂けるように、しっかりと楽しめる内容を考えてきます。
■獅童さんは最新テクノロジーを駆使した新しい歌舞伎を創られたり、絵本を歌舞伎にするという、これもまた新しい作品の作り方かと思います。これからどういった形の歌舞伎を創造していきたいと考えていますか?
伝統を守りながら革新を追求するというのは、伝統における歌舞伎の約束事、我々の歌舞伎の表現方法の約束事といいますか、そこを超えないように崩さないように創造しなければと思っています。歌舞伎らしさを忘れてしまうと、歌舞伎でやる意味がなくなってしまう。
ですので、新しい歌舞伎を作るというのは、デジタルを使うこと、逆にアナログなものを用いてやる場合、どちらでも歌舞伎の古典的な手法を忘れないということですね。
■様々な作品に関わっていらっしゃいますが、歌舞伎や舞台作品を続けていく上で獅童さんが大切にしていることはどんなことですか?
何事も、本気でやらないと伝わらないと思っています。これは一人が一生懸命やるということではなく、脇の人も含め、鳴り物や裏方さんも含め、カンパニーが一丸となって本気でやることです。誰か一人が欠けても成り立たない。もちろん映像にも良さがありますが、歌舞伎は、その本気がダイレクトに、目の前にいるお客さんに伝わるんです。僕らが全身全霊でやれば、その熱量は必ず客席にも伝わりますし、伝わったらお客さんはその感動や楽しさを僕らに返してくれます。それが相乗効果を生んで、素晴らしい作品になるし、次も観たいと思ってもらえるのだと思います。観る側もみせる側も盛り上がっている舞台は本当に感動します。そういう感動や体験をしていただきたいと常に思いながら舞台に立っています。
■今回は、巡業公演となりますが、楽しみにしていることはありますか?
旅行で行くわけではないので、観光的な楽しみはありません。ですが、その土地ごとで、新しいお客様に出会うことができる楽しみは大きいです。どんな反応を見せてくださるのか、きっと会場ごとに反応はさまざまだと思います。
これから出会うお客様と、新しい思い出が作れる場所になれるくらい、この公演が盛り上がってくれたらいいですね。